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成田 昌平

成田昌平 Shohei Narita
ものづくりに人生をかけた人たちから、たくさんの刺激を受けました。
成田昌平
秋田市の中心部の閑静な住宅街。
人々が暮らしを営むその只中に、陶芸作家「成田 昌平」の工房はある。
実家の玄関前にこしらえられたプレハブ。
中には製作途中の作品や試作品、窯、ろくろ、工具が並ぶ。
彼がふるさとである秋田市に戻り、工房を構えるまでにはさまざまな道のりがあった。

陶芸を志したのは高校生の頃。
まわりからは「なぜ、陶芸を?」と思われたそうだが、とにかくその道を目指したかった。
高校卒業後は地元の美術専門学校に入学し、
秋田公立美術工芸短期大学へ編入。さらに専攻科へと進んだ。
数年にわたって地元で陶芸一筋で学んできたが、さらに技術の向上を目指し
愛知県瀬戸市の窯業訓練校に進学する。
そこでは、いままで一緒に学んできた仲間とは全く違う人たちがいた。


「デザイナー出身の人もいたり、全く関係のない職業だった人がいたり、
いままでのキャリアを捨てて挑んでいる人がほとんどでした。
みんなの発想はとても自由で学ぶことはたくさんありました。」
訓練校に入学してくる人たちは、今ある仕事を辞め、陶芸で飯を食っていこうとしている人々。
これから学ぶ陶芸にすべてを賭けている人たちばかりで、それぞれの意欲は高く、
必然的に全体のレベルは高まり、彼にとっても大きな刺激となった。
訓練校卒業後は美濃焼で有名な岐阜県の窯元に入ってさらに陶芸の修行を重ねた。

ふるさとから離れ、さまざまな経験を重ねてきたが、
26歳、自分一人の力でやっていきたいという気持ちをぶら下げながら
地元の秋田市に戻り、自宅を工房にして作家としてのスタートを切った。
戻ってきてすぐは、作風を受け入れてもらえずなかなか売れない日々が続いたが
作品の取引先も増え、ようやく安定して作品作りに集中できるようになった。

成田昌平


人の手が加えられた痕跡のあるものを作りたい。
高校の頃、陶芸を志すきっかけになったのは、歴史の教科書で見た古い器だった。
素朴な表情の造形にそこはかとなく魅力を感じたのだという。
彼の作品には、その頃の想いの残像が残っている。
手びねりや、たたら成形で作られた器には理路整然とした工業製品とは真逆の
素朴でぬくもりのある雰囲気があふれている。
作品に描かれる個性的な図柄は、「十草紋」や「飛び鉋」といった
昔ながらの文様を彼なりの表現方法で表したものである。
「形を作るときにできてしまう手の跡や傷をわざと残しています。
子供が作ったような、人の手が加えられた痕跡のあるものを作りたいと思っています。
気を遣わないで食卓に並べることができる、そんなものを作っていきます」

彼の目標は、ひたすらに作り続けていくこと。
ものづくりに最終地点はなく、突き詰めることそのものが目標なのかもしれない。

成田昌平